京都御所の東北に位置する赤山禅院(せきざんぜんいん)は、888年(仁和4年)、慈覚大師・円仁(じかくだいしえんにん)の遺命により、弟子の安慧(あんね)が建立した寺院。本殿の手前には神社のような拝殿があるなど、神道と仏教が融合した「神仏習合」の雰囲気を感じられる。また、拝殿の屋根上の「御幣(へいぐし)」と「神楽鈴(かぐらすず)」を持った猿の像「神猿(まさる、魔が去る)」は、かつて夜な夜な悪さをしたため、逃げ出さないように金網に入れられたという伝承がある。天台宗の僧侶が約7年かけて比叡山の山々を歩き巡り、260箇所以上の礼拝所を巡拝する最も過酷な荒行「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」の「赤山苦行」の場として知られる。
正解。京都御所の東北に位置する赤山禅院(せきざんぜんいん)は、888年(仁和4年)、慈覚大師・円仁(じかくだいしえんにん)の遺命により、弟子の安慧(あんね)が建立した寺院。本殿の手前には神社のような拝殿があるなど、神道と仏教が融合した「神仏習合」の雰囲気を感じられる。また、拝殿の屋根上の「御幣(へいぐし)」と「神楽鈴(かぐらすず)」を持った猿の像「神猿(まさる、魔が去る)」は、かつて夜な夜な悪さをしたため、逃げ出さないように金網に入れられたという伝承がある。天台宗の僧侶が約7年かけて比叡山の山々を歩き巡り、260箇所以上の礼拝所を巡拝する最も過酷な荒行「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」の「赤山苦行」の場として知られる。